価値創造の道
2024-03-28T21:01:28+09:00
usacchi2006
小説と論説と絵
Excite Blog
240328 【振り返り】#17
http://maine.exblog.jp/33931271/
2024-03-28T20:59:00+09:00
2024-03-28T21:01:28+09:00
2024-03-28T20:59:45+09:00
usacchi2006
楽屋裏
Pixiv小説更新しました。
今週も始まったなと思えば、もう木曜日でした。
さて17の振り返りですが、もう2年前・・・ということで、
今回はさすがに文章力に不安を感じて、少しだけ本文整えてあります。
フランチェスカと伯爵夫人という事で、カテリーナ伯爵夫人の噂話が出てきますが、
これは前置きにあります通り、塩野七生先生という方の時代小説が参考になっています。
なので今回は二次創作ということになるのですが、史実としても差し支えないと考え、
氏の文を参照して描いていました。
参照した主な部分は、宿の主人が語っている
プリマドンナ・ディターリアが伯爵夫人を指すこと。
それから、「悪さをすれば、伯爵夫人がやってきますよ」という、叱り文句。
後は、複製画(ブロマイド)が売られていた、というのも、
氏の表現の中にあったものを、借りている形です。
・創作と伝承
しかし、あの戦国時代、地方が12年間守られたと言うのは事実であり、
そこから後世になって誇張されたと考えれば通用する話であります。
そして、このように話創られるならば、私は、アレッサンドロ公についても思うところがあり、
同公について、その逆視点を持って描いてみせようと思った次第です。
■付録・引用解説集
会話に結構、業界用語のような省略表現?が多いので、踏まえて解説します。
・「一人だけ動きの違うのが居る」
主人がフランチェスカを評価して言った言葉。
動きが違うと言うのは、一人だけ傑出して活躍している、(良い意味で)目立っている、
圧倒的という意味で、信頼や信望に繋がります。
仕事の仕方が違うという意味では無い。(文の前後で読み取れるようになっている)
・「イタチ(イタリア語でドンノラ)の呼び名は女性(ドンナ)から来ている」
理由ははっきりしていませんが、これも実際に言われているそうです。
・プリマ・ドンナ・ディターリア(イタリア第一の女性)
氏の小説より。伯爵夫人の異名、通り名です。
時代は中世であっても、後期イタリアで女性は賞賛され、政治参加には男性の後見人が必要でしたが、
法廷に単身立てるなど、その権利が社会に広く認められていました。
・「フランチェスカが足場揺すって来るぞ!」
氏の小説「カテリーナ伯爵夫人が来ますよ」の同義語。#13に実践された描写あり
・「いやぁ心配ねえ、今日の酒は一本多いから、俺あ、明日休みだ」
→俺は明日休むから、関係ねえ
・ジュリオ二世
一般にはユリウス二世。ジェノヴァはスペリオーレ地区の貧しい家の出の教皇。
反撃に舵を切り、剣と十字架の両方を駆使して、イタリアに攻め入る外敵を排除しました。
特にスペインのボルジア家に対しては、交した約束も即座に破りさるなど、容赦をしなかったという。
・挿絵に関して
うさぎ食いをしているアウラクイン。うさぎアピール。
自分に矢が飛んでくること以外には興味を示さない、野うさぎの意。
・「やりてえこと済ましたから、とりあえず心配事はねえな」
→わだかまり無く、明日を迎える知恵も大事→次台詞「明日は明日の風が吹く」その支度。
一つのアウローラ。
]]>
240324 近況と挿絵概要
http://maine.exblog.jp/33920171/
2024-03-24T17:01:00+09:00
2024-03-24T17:07:13+09:00
2024-03-24T17:01:04+09:00
usacchi2006
楽屋裏
またうっかり間が空いてしまいまして、
絵も技術向上と構図と色々考えながらやる中、少し充電を挟んでいました。
#47はまとめなんですが、その纏めるのに苦労しまして、結局16日頃まで書いていました。
書きたいものが入りきらず、二項目くらい省いてやっときれいにまとまったかなと。
絵の方も構図決まったのが19日頃。見苦しくしたくないから、何日か置いたりして
熟考しつつ今日やっと本描きを始めたような状況です。
なので、更新は今週末ぐらいかな、丸々一ヶ月使ってしまった…。
#47は別に大きな話では無いです、ほとんど調整で時間食ってただけで。。
ついつい見せるためのものをと、考えてしまうのですが、
そんな立派な技術持ってないので、自分の欲しいと思うものを描けばいいんです、
それでいいんです
■挿絵について
挿絵も只描くだけでなく、意味を持たせているものが多くあります。
最近#16を振り返りましたが、あれはそのまんまです。
解説の通り、黄金の景色を映したつもりです。
近いところで#14、あれはアウラクインが金色に光っていることに意味があるんですが、
まだ絵もワカランチンな時なので、全然色が混ざって無かったりしてます。
けれど、過去絵だけに、登場人物の、その時だけしかない顔(絵柄)があるので、
そこが良いかなあと思います。継続で積み上げた宝です。
#15のあれは、グーグルマップ見ながら描いていました。
橋の真ん中から、西のほうに向かってです。
500年前だったらここはどんな景色だろうかと想像しながら。
構図は好きですが、まあ描き込み足りない、知能も足りない。
ーーーー
また振り返りもしたいと思います。
次は#17ですか、あれは番外編の様なもので、二次創作でもあります。
何気に挿絵二枚あります…あのころには、余裕があった。。
その代わり手抜きです
]]>
240312 【コラム】真価を見出すこと(#16振り返りから)
http://maine.exblog.jp/33890744/
2024-03-12T06:51:00+09:00
2024-03-13T06:02:50+09:00
2024-03-12T06:51:17+09:00
usacchi2006
楽屋裏
■Brog版リンク
#16を振り返り解説したのですが、今回は前回解説からテーマを抽出し、コラムします。
今回その解説の詳細を、真理の実相、既存の価値観に対する批判的視点をもって説明します。
ーーーー
◇真価を見出すこと~その普遍性こそ平等の真理であれ◇
①アウラクインの様相に映る”明るめている”という行動は、どういうことか。
その少女がどう感じるかが、その少女の様相に映り出る。
そこで、回りの一切が、彼女を明るめていると知ったところで、
するとそれが今度は回りに映っていくんです。
こう書くと、日本人的には差し出されたものに感謝しろだの、場を濁さず振舞えとか、
そういう強迫性概念として捉えがちになってしまうと思いますが、
これは、何でもかんでも喜んでやればいい、という意味ではありません。
後に書いてますが、
ものの元来ある価値に基づき、そこにあわせた評価(反応)を見せるということです。
せまっ苦しい、多分汚れているであろう店内でも、
それぞれ置かれている物、出される物、全て意味があります。
フランチェスカがパスタを見て驚くように、全部に意味があり、
そこを見出したのが、アウラクインの裁量であり、明るめたる理由なんです。
それが出来るのは善意価値の最高。だから回りも仲間として迎え入れてくれるんです。
そこにいる人たちは、当然毎日それらを噛み締めて、歓喜の中で過ごしています。
その騒がしい、五月蝿いなんです。
フランチェスカが言わせておけばいいと言った二の次で五月蝿いって怒鳴っているのも、
そういうことなんです。ただの馴れ合いでも無ければ、迷惑の五月蝿いではありません。
意味が必ずあるんです。
ーーーー
現代では、子供の声が五月蝿いと苦情になったりします。その大体は通報者の身勝手に捉えがちですが、
ほんとに五月蝿い(景観にそぐわない)、中には嫌がらせのために親が子供に騒がせるものもある。
捻くれたりすると(特に某屑SNSなど)は、これは同じだ、だから良いとか悪いとか
言ったりしてますが、全く違う訳です。バカだって批判されてるのは、読めば大体こういうところです。
ーーーー
②感謝しろだの、場を濁さず振舞え「何でもかんでも喜んでやればいい」。
そのまま飲み込むのは、違う
社会の慣わしで、昔から、「雰囲気を悪くしちゃいけない。何でも上手くいかなかくなる」
といった価値観があると思います。実際、暗い環境でいい仕事がしにくいのは事実としてありますが、
これは何者かが①の道理を真似て創造した、真理≠価値、「創作」であることを、記しておきたい。
特に日本人はこういった価値観のものが多く、本当に、国ごと創作の中にあります。
だから正しいものもあれば当て外れのものもあり、特に、十数年程度過去はほぼ出鱈目です。
特に危険なもので、平等・共生を謳いながら差別や迫害に進むのは、この弊害です。
ゆえに場の空気が悪いからそれはだめだといっても、その限りではない訳です。
本当に頑張るときというのは、悪環境とかを気にすることが出来ません。
また、そういった環境からこそ、善悪を見極めた正しい人が生まれてくるものです。
認知科学なるものがありますが、似たようなものです。
整った環境で無駄を省き、ただ技術を向上させる。これだけを、成長と呼べるでしょうか。
※「明るめ」ている?明らめているでは?
これは自身もどちらか悩んだのですが、明るめているは造語になります。多分ありません。
敢えて選ぶのは、明るめだと先に説明しました方の意味になってしまうんです。
明るく楽しく、だから、「何でも楽しくやりゃ良い」が先に取られがちになってしまう。
それよりはと、無意識にちょっと捻った部分で、そのままにした。あんまり上手くは無い
■平等の究極
作品内でも出てきますが、貴族が庶民に合わせるのは違う、その意味が前解説に当たります。
格好だけ合わせれば庶民的、それは違う。
政治家が小豆バー食ったから庶民的とはならないのになってしまうのが昨今であり、
これが衆愚というもの。
つまり、序盤のフランチェスカの言葉
「『民衆』という名が冠する通り、ここでは皆平等よ
そういうと貴族が庶民に合わせるようなニュアンスで取られるけど
あんなの平等でもなんでもないわ
その逆で、ここは貧しい身なりが来ても、蔑まず、追いやらず、迎え入れてくれる店よ」
が読めていれば、その旧日本的価値観にはならないんですね。
そういうところがほんとうに、彼女の人であり、宿客の一員として立派なところで、
皆が善意をもって受け入れてくれているところなんだと思います。
だから一つに、アウラクインが素質を発揮できるのも、彼女の存在があってこそかも知れません。
ーーーー
例えばこの宿が捻くれていて、新人が着たぞ、虐めてやれ、と
まずい料理を出してきたとする。そういうときは素直にまずい、と怒ればいいんです。
それは悪意を断つ、悪と対峙するということでもあります。
逆に喜んで食べたりすれば、そもそも噓ですから、
頭がおかしいのかと思われて、決してよくはならない訳です。
そこに黄金は映っていかない訳です。
飛んで#39の、翌夜では野菜粥を食べていますが、
素材それぞれの味がわかれば、まずい料理はそうありません。
知っている、ではなく、感じて取ることです。
ここでもフランチェスカが「肉や塩でしかウマイといえない奴にはわからない」と言っていますが、
そういうことなんですね。
あとは余談ですが、お腹が空けば何でも美味しい。これは誰でもそうです。
その頭があるから、おなかを空かせよう、という発想も、迷信ではなくある訳ですね
なんでもご馳走に匹敵するし、節約にもなります。
ーーーー
]]>
240310 【振り返り】#16
http://maine.exblog.jp/33886826/
2024-03-10T07:35:00+09:00
2024-03-10T07:50:55+09:00
2024-03-10T07:35:29+09:00
usacchi2006
楽屋裏
・Pixiv小説更新
#16の振り返りです。
ここで書いているものをPixivに転載する・・・まあ・・・殆ど意味の無いことです。。
名前も消しちゃったし、読まれる人はほとんど居ない。
物自体も、特に何か目指したり競争して出来ているものではない、自由奔放なものなので、
取捨選別の捨に入り、基本的に触れられる事が無く、読んでもらえれば本当に感謝しかないです。
振り返りという事で、この#16を書いたのが二年と二ヶ月ぐらい前なんですね。
でも作品内では僅か二日前の話であったりして、なんとも時間の経過を思い知らせるものです。
この頃はまだ日常的なものを描いていた様子で、逆に今が話しくどすぎると、反省するところであります。
日常に加えて、フランチェスカという日雇い少女としての平等思想、
当時の低層階級者の生活といったものが盛り込まれており、そこに入っていくように、物語は進みます。
少し乱暴ながらも、力強く共生して、自分の居場所を確保しているフランチェスカに
アウラクインが、カラスの突くようにからかうと、回りも喜ぶんですね。
最後に幻想界で〆るのですが、抜粋します。
しかしその狭さから、蝋燭の明かりは店の隅々にとても強く行き渡り、
店の名を尊重する客たちの意思によって、話し声は、すべての人の声が明るく弾み、
料理は質素ながらも、姿こそ立派で、最大限の美しさで見る人を興奮させている
全てがまるで、ローマの黄金の様に
一人の少女によって、放たれた様に。
このようにあり、当然フランチェスカにとってその光景は当たり前のものであるんですが、
そこに新しい、アウラクインという客が加わる。
その少女がどう感じるかが、その少女の様相に映り出る。
そこで、回りの一切が、彼女を明るめていると知ったところで、
するとそれが今度は回りに映っていくんです。
そこで今度は、明かりを灯すのも、食事を盛り付けるのも、一切元来は輝く方向を目指していて、
それを覚知することで、当たり前が全部が輝く。つまり黄金になっていく。
出来ることの最大限、「最高の価値」を見出すのは、その人たちであって、
それならもう、ローマの宮殿と、やってることは何違うこと無いじゃないか。
それを成し遂げたのはアウラクインというより、只一人のぼろが見せたに過ぎない。
序盤に挙げた、平等の究極。
こんな話を今は誰も信じないでしょうが、ここは、そういう〆なんです。
]]>
240309 #47進捗・ウラ話と反省・ナレや人物評価
http://maine.exblog.jp/33885808/
2024-03-09T05:41:00+09:00
2024-03-09T06:16:20+09:00
2024-03-09T05:41:26+09:00
usacchi2006
楽屋裏
■最新
今回の節話は#43寝坊から始まりまして、
43,44を前半とし、後半幻想界を45,46,47としたいと思います。
そして深層にまた現実界があるという話でした。
節題はどうしようかな・・・
”犀にまつわる”でいいかなと思うのですが、もう少し気の利いた書き方もあるような。。
と、思っております。
■#47進捗
今月入ってからずっと#47を書いていて、ようやく…完成が見えてきまして…
こんな大した事のない1話に、焦燥感凄いんですけど、
その中で自分用メモとして残しておきたい、今回掛かった原因として、
それは、ずっと会話だけ書いてて、ナレーターの存在を忘れていたことでした。
会話だけ書いちゃうから、登場人物が情景を説明したりして、無駄な話でだれる
まあこんな感じで、足踏みが多かった。
この失敗、前にもやってるんだよな…ホント成長が無い。。
ああ、絵もこれからです
■ウラの話
自分としては、登場人物に自分を登場させてるつもりは全く無いつもりです。
正直、それだとなんも考えてないのがわかってしまうので、やってもエキストラです
当作で敢えて言えば、ナレーター文なんだと思います。
といっても、あんまりちゃんとは説明してないですね、
殆どアウラクインに任せて済んでいると思います。
ちゃんと説明したと記憶あるのは#36ぐらいです…それも、跡付けですが。。
ー真実は作り出されるものではない。
アウラクインというアウローラの天使は、怠惰という虚偽の暗闇を払うために、
フランチェスカの、真実としての雄牛の姿を明かし、そして、
それを取り巻く人々の、在りのままこころを、呼び起こしたのでした
これです。これは完全にナレーションで無く、私が読者に教えてる文です。
説明としないのは、この#36を読める人は、多分居ないと判断しているからです。
余談で解説回はもちろん全部私の言葉です。
もう好きなように、書きたい放題書いたものが、あれらです。
■”生きたキャラクター”
アウラクインに任すとありますが、逆にフランチェスカに任せると本当に楽です。
作品の外にも性格が現れる、ほんとうによく出来た子なんだなと思っています。
ちゃんと監督しないと、少年誌になりそうなところも、そんな現われです。
アウラクインも完全に立存はしていない、まだ支え(ナレ)は要るということでしょう。
ラーラフラウが”抜け目”を狙っているので、緊張絶えないのも一つに生きているということと思います。
]]>
240301 (修正済)予告と#46小解説・予備知識
http://maine.exblog.jp/33864826/
2024-03-01T16:54:00+09:00
2024-03-04T04:27:53+09:00
2024-03-01T16:54:37+09:00
usacchi2006
楽屋裏
※3月4日記事を修正しています(予定の訂正・記事項目追加)
■最新
#46出ました。後半三部目になります。
で、三部までの予定だったのに、46の〆が中途半端なところからお察しなのですが、
また分割しました、、、四部に続きます。。
47ですが、製作が少し躓いているので少し日にち掛かると思います。
今回は放置にはならないと思います、一~二週間の内には、多分出ます。
やり直ししているので、期間については未定です、なんともいえないが、頑張るつもり
◇#46小解説◇
■犀の王[仮初と真実]
アレッサンドロが犀の王と自称するのですけれど、これはつまるところ、
前回の節話の”仮初の雄牛”と、ほぼ同じ意味合いです。(解説参照)
そのあとアウラクインが犀の角について話してくれますが、
この角という物質は仮の姿であり、要はその存在にあります。
犀の王にしても、仮初の犀と、真実の犀がある。
真実の雄牛と真実の犀とは一緒ですから、真実だけを抜き取る。
つまるところ、犀の角[で説明した内容]というのは、真実[真理]の様相ということです。
「犀の角は、その広い額に、ただ一本のみ、孤高な姿で逞しく聳え立つ。
短いけれど、それは姿形に無駄が無いということであり、
そして、”折れることが無い”と思わせるそれは、まさに王者の雄姿。
その器を持つ犀が、王様と成り得ることは、真実なのよ」
折れることが無いと思わせる、というか、折れません
ちなみにここで言われている犀が、真実の犀ということになります。
※3月4日追記
■当時のヨーロッパにおける犀
劇中の「犀」についてですが、当時では大変珍しい動物になっています。
居なかったわけではなく、王族の間で珍しい動物を寄贈しあう慣習の中で
犀が扱われることもありましたが、その中でも希少な種類です。
彼女達の時代の前後では、ポルトガルに一頭運んでいたものが、道中、船が難破して死亡し、
その後それが剥製(毛皮の剥製?藁を詰めて形取った)になってローマに移されたと言われています。
話の中で「一本角、短い角」とあるように、犀の種類はインドサイです。
木版画にもなっており、当時知れ渡っていたのはこの種類のようです。
アレッサンドロが語っている犀の特長は、当時の書簡に記された特徴を参照していて、
現代の認識と多少の違いが見えますが、実際、象でも攻略が難しい動物です。
書簡はドイツ語で書かれており、現代のフィレンツェ国立中央図書館に保管されているようです。
(WIKI)
]]>
240228 #46 犀の角
http://maine.exblog.jp/33860571/
2024-02-28T21:19:00+09:00
2024-02-29T03:34:20+09:00
2024-02-28T21:19:46+09:00
usacchi2006
創作
犀は雄牛より勝れているか?
アレッサンドロはフランチェスカに言いました。
「お前が”雄牛の英雄”というのは、どうやら真実のようだ」
「英雄じゃなくても、今の態度はみんな怒るわ。威張ってるっていうのよ」
アレッサンドロはフランチェスカの文句を聞き流して、
今度はアウラクインに言いました。
「おい金色。お前は自分が言う”黄金の手綱”とは、誰でも持っているといい、
その手綱は雄牛の英雄からなると言ったな。
ならば俺も、その手綱を取れば、雄牛の英雄という事ではないか」
「その通りです、シニョーレ」
すると、アレッサンドロは、あざとく、高らかに笑って言いました。
「だが残念だったな。お前達の知恵の程度は所詮、牛とどまりだ。
しかし俺は、それよりもっと強い、犀という動物を知っている。
俺は、雄牛の英雄よりもずっと勝れている、犀の王ということになるのだ」
そのとき、フランチェスカは、「犀」という、聞いたことのない言葉に、
目を丸くしました。
「さい?犀って何?」
アレッサンドロは、フランチェスカに、犀について語りました。
「見た目は猪のような姿をしているが、体は毛皮でなく鎧を着ている。
大きさは牛の倍ぐらいあり、その力は段違いだ。
額にある一本の短い角で、牛など天高く投げ飛ばすほどの力を持っている。
鎧は頑丈で、あの象ですら傷をつけることが出来ないどころか、
素早くて、犀の角を避ける事は、難しいというのだ」
どうだ、敵わないだろうと、
自らを犀に例えたアレッサンドロは得意げでしたが、
それは子供のごっこ遊びのような稚拙な話で、
フランチェスカは馬鹿馬鹿しくなって、呆れてしまいます。
「ならやってみますか、ほんとうに天高く投げ飛ばせるかどうか」
半笑いで話に付き合うフランチェスカですが、
彼女の横でアウラクインが、犀の話を聞いて目を輝かせ、喜んでいました。
アウラクインは再び会話に割って入ってきました。
「犀は素晴らしい動物です、シニョーレ」
「犀を知っているの、あなた」
「ええ、特にその、角についてよ」
「よし、金色。それも話してみろ」
アウラクインが注目されると、彼女は語りました。
「犀の角は、その広い額に、ただ一本のみ、孤高な姿で逞しく聳え立つ。
短いけれど、それは姿形に無駄が無いということであり、
そして、”折れることが無い”と思わせるそれは、まさに王者の雄姿。
その器を持つ犀が、王様と成り得ることは、真実なのよ」
アウラクインが犀を賞賛したことで、アレッサンドロは喜びました。
「お前、どっちの味方なの」
「もちろん、主人であるフランチェスカの味方よ」
「そうだ、よく言った。
犀とはそのようなものだと、俺は言いたかったのだ」
「ほんとうかしら」
犀を笑ったフランチェスカは、アウラクインが犀を賞賛したことで、
少し、鼻を折られた気持ちになっていました。
ですが、この話が只の力比べでないことは、ここに居る皆が、知っていました。
そのことを、アウラクインは続けて語ります。
「しかし、犀の王であれど、雄牛の英雄であれど。
黄金以上の手綱はございません。犀の角をもって黄金の手綱を取れるであれば、
それは雄牛の英雄にも、犀の角の様相は、あるということではございませんか。」
そしてアウラクインは、黄金の手綱をもって、
雄牛の英雄の素質を巧みに明かし、今度は、フランチェスカを歓喜させました。
「それでこそアウラクインよ。この話は如何かしら、シニョーレ」
「認めよう」
「あら、あなた、さっきは自分の方が勝れてるって言ったわ」
フランチェスカの勝気に、アレッサンドロはそれを鼻で笑って返しました。
]]>
240223 #45小話
http://maine.exblog.jp/33851451/
2024-02-23T23:48:00+09:00
2024-02-24T00:03:24+09:00
2024-02-23T23:48:45+09:00
usacchi2006
楽屋裏
■最新
・#45小話
#43からの後編・第二部です。
膨らみすぎて計三部になりました。
#43以降、中々出し切らなかった原因が実はこの二部にあり、
手綱という言葉がどうしても引っかかるというか、読み手に首輪をつけるような印象を持たれそうで、
現代価値観に合わないかなぁと悩んでたところですが
結局は、まあいいかで投入しました。
手綱という単語より、「手綱を取る」という、オペレーションの意味になります。
統制、統率といったところで、確かに操作するなど、悪意の介入するところでもありますが、
黄金ゆえ、正しい意味で使われることとなります。
例えば、「手綱を締める」ということわざ、気を引き締める、といった意味も入ってきます。
これは自分自身の手綱を取るということでもあり、突き詰めて言えば自身の心が体に手綱を取る、
という意味合いが現れてきます。すでに#20・黄金の車には、話の骨組みが出ています。
話の内容を見れば今回は幻想回と見えるのですが、実は今回は現実と幻想が逆転しています。
現実界の方が書かれずに落とし込まれている構図で、その要は、
アウラクインが、この話をなぜ僭主という立場に人間に話したか、
そこには何の意味があるのか、というところになります。
ただ身分の高い人間に説法してる坊主の代わりをやりたいのだろう、と捉えるのは、これでは
筆者がキャラクターに自分の知識を代弁させてるに過ぎず、
それが事実であれば、作品として稚拙と言わざるを得ません。
そうではない訳で、アウラクインなりの理由が、そこにはあるのです。
■参考
]]>
240222 #45 黄金の手綱
http://maine.exblog.jp/33845760/
2024-02-22T01:57:00+09:00
2024-02-22T01:58:45+09:00
2024-02-22T01:57:42+09:00
usacchi2006
創作
不思議なお話を
アウラクインはアレッサンドロに語ります。
「この牛はオルランドと言いまして、雄牛の英雄の弟なのです。
立派に見えるのは、オルランドもまた、雄牛の英雄だからなのです。
それに、繋がれていないなど、とんでもありません。
主人達は、絆をもって繋がれており、その絆は断つ事が出来ない。
さてその絆は、何であるか、お分かりになりますか?」
そのときアレッサンドロは、アウラクインのことを、
”この者は、親族を尊び、恩義を大事にしようとする、それを語ろうというのだ”
と、思索し、話の内容の是非よりは、彼女の姿勢を小さく評価して、
薄ら微笑む様子でさえありました。
「ありふれた話だな。どうせ姉弟だからとでも言いたいんだろう」
「その通りです、シニョーレ。これは何処にもありふれた話なのです。
ゆえに、その絆は、誰もが有しております。
しかし、誰もが有しているゆえ、姉弟のことでは無いのです」
アレッサンドロは予想していた回答が得られなかったことで、はっとなって、
話に少し惹かれていきました。
「それは、なんだというのだ」
「その絆とは、”雄牛の英雄”そのもののことなのです。
彼女達が姉弟である事も、”雄牛の英雄”から生まれたものなのです」
「それは逆様ではないのか?
姉弟だから、同じ肩書きなのだ。それ故、牛が立派だから、
姉に当たるこの猿娘も立派だということが判ると、
そんな夢想を、お前は言いたいのではないのか」
「それは逆様なのです、シニョーレ。
人と動物が同じ母体から産まれるということは、夢想でしょう。
けれども、”雄牛の英雄”という胎内から生まれることは、現実であり、
この話は、決して夢ではなく、真実ゆえ、逆様では在り得ないのです。」
アレッサンドロは、アウラクインの知恵に意表を突かれました。
それは彼が、血縁という、世の常識に執着していたからでした。
「なるほど。俺は、誰かの夢想の中に居たという訳か」
アレッサンドロが彼女の言葉を聞いて、直に思索をし、
そして納得する姿を、アウラクインはとても嬉しく思い、
微笑みが一層、感極まって、目を細めていました。
そしてアウラクインは、次に、そのありふれた絆について、話始めました。
「シニョーレよ、私の主人である彼女は、決して嘘吐きなどではなく、
”牛が勝手に散歩をした”と言ったことは、真実なのです。
これは、主人が、その絆をもって手綱としているからです」
いよいよフランチェスカの話になって、
横でじっと話を聞いていたフランチェスカは、
自分が賞賛される、という思いで、期待に胸が高鳴りました。
「彼女が今日のように寝坊をして、散歩の時間に間に合わなくても、
その手綱は、オルランドを散歩に連れて行きました。
この絆である”雄牛の英雄”という手綱は、実に不思議なのです」
しかし寝坊したことを明かされてフランチェスカの肩が下がり、
それより羞恥と焦りに、少し慌てる羽目になってしまいました。
「お前、寝坊なんて、余計なことは言わなくていいのよ」
「私の寝坊ということにしたら、話の辻褄は合わなくなるのだわ」
真面目な話をしているようで、ところどころに可笑しさを含む、
アレッサンドロはそんなアウラクインの話をそれまた不思議だと思い、
面白く感じました。
「そして”雄牛の英雄”からなる手綱は、黄金に輝いています。
それは実に、この雄牛の英雄の姉弟が仕事を成す姿も、
黄金に輝いているからです。
もし主人がその手綱を取ったとき、彼女らの成す仕事は黄金に輝きます。
もし町中のそれを束ねて手綱とすれば、町中が黄金に輝きます。
またそれを束ねて手綱とすれば、時代が黄金となります」
「なるほど」
アレッサンドロはその言葉の意味を自分の中で解釈し、
アウラクインの言葉を、無言で承認しました。そして彼は言います。
「やっぱり俺の牛だったな」
「なんでそうなるのよ」
「この国の手綱を握るのは、金でも十字架でもなく、僭主の俺だということだ」
アレッサンドロは拳に力を漲らせて、そのように言いました。
しかしフランチェスカは、アレッサンドロの猛々しい姿勢に違和感を持ち、
そして、彼のこころに対し、自分の意見を述べました。
「あなたが思っているのは王様よ。共和国であるこの国の肌には合わないわ」
そのときのフランチェスカは真剣にアレッサンドロを見ていました。
その言葉を聞いたアレッサンドロは厳しい顔になりますが、
フランチェスカもまた厳しい顔で彼に向き合っていて、
それは、癖の悪い弟を叱り付ける姉のような、力強い面持ちでした。
「なるほど」
その力強さを、アレッサンドロは微動だにせず受け止めていました。
]]>
240218 おまけ その行動理念
http://maine.exblog.jp/33841009/
2024-02-18T05:57:00+09:00
2024-02-18T11:36:58+09:00
2024-02-18T05:57:59+09:00
usacchi2006
論説
■自分のやることをやれ、とは?
昨日書いた私の気持ちを表明した部分に、似たような話が、Xにありました。
その人は、仕事をしながら、戦争反対やジェノサイドの停止を訴えていて、その中で
仕事だけしてろって口出されていたのですけど、
仕事に専念することによって、守ることに理由が出来て戦争の停止する外交が出来ていく、
そういう言い分をもって、本末転倒と指摘していたのですが、いろいろと破錠してたと思います。
一つの倫理を言いたいがために相手を使っているようなもので、
これは昨日私が書いた”煽動”に、共通するところです。
それ単一でなら理屈は通るのですが、それすら破錠している現状を言っているのだから、
指摘の方は全く当てはまらない訳ですね。
いかなる理由があっても殺戮していい理由は無いでしょう。
そして、本当に守ってもらう理由というのは非常に大事ですが、これも昨日私が書いた、
それなら、平和をきちっと戦って守っていくこと。それをするから、守れる理由がある。
逆にそれをさぼるなら、平和を受ける理由が無いわけで、取り上げられても文句は言えない。
本末転倒より、あべこべというものでしょう。
仕事は仕事です。
大体、昨今の価値観による、サービス提供者ファーストみたいな環境で何が人の為なのか。
言論になんら関係は無く、専念しろは野次の域を出ない。
それから、出来ればアカウントを変えて(専用垢などを作って)という意見もありましたが、
これは私が言う、「その人が、その人の立場から発信する」これをしないと意味はありません。
アカウントを変えその同じ界隈から発信すれば、言論は止まってしまうからです。
仕組みを言えば、その界隈のみで共有することになり、外を出ない。いくらインプレをかせいでも、
ゼロとなんら変わりないことになる。実は言論封殺の仕組みになっているのです。
■ほんとうの「嫌われる勇気」
確かに、浮いた話をすれば人は離れていく
逆にそういったコンプラ踏まなければ人が離れない分、儲けとかあるだろうよ
けれど、「コイツ踏み絵に参加しなかった!」みたいなそういう差別助長で儲けてどうするん
なんか、嫌われてたほうがマシなんじゃないか?
だってそんな人気や利益、噓だろう。けれど実力に噓はないんだ。
数字に囚われちゃだめなんだ。
創作だって、1万人フォロワー居たとしてそのうち8千人AI絵師だったらどうだ。
思いっきり養分担当にされているのに、頑張って下さい言われて嬉しいかよ
一昔前なら、野次られた時点でみんな炎上が怖くなって、発信をやめてしまっていた。
けれども、最近は、そういったものが煽動や印象操作であることを気づかれ、
行動している人も出始めているようだ。それにしても、まだまだ茨の道ではあると思う、
行動する人に思いを託すだけでも、それはいいと思う。
ーーーー
私は勿論戦争にも反対したい。そしてそれ以上に、
戦争を含んだ大悪をいたらしめる、諸悪を白日の元に晒し、大正義たる価値観を明かし、
不幸を明けるのが少しでも早まることを、願っている。
その知恵を提供することは、自他共に得すること疑いの無い真実である。
なら、やり得に決まっているでしょう。だから書いているんです。
ーーーー
]]>
240217 顕善と創作論
http://maine.exblog.jp/33839767/
2024-02-17T06:11:00+09:00
2024-02-18T07:29:18+09:00
2024-02-17T06:11:38+09:00
usacchi2006
論説
・不快を「敢えて言う」-アクセス数減から
年明けから当ブログ論説ではネガティブを連ねていてまたアクセス数を減らしている訳で、
よく政治発言とかでコンプライアンス踏む人に共通するところかと思いますが、
なぜここまでして批判を書く必要があるのか。
勿論こんなところに書いたって、ここには身内ぐらいしかたどり着かない。
殆どが新規の方で、直ぐ退場していく。そんな場所なんだから自分のやることやれよと
それは最もですが、そんなこといったって、
正しい意見がどこにもなくて、どうやって世の中が良くなるんだよ、変えなきゃいけないのは人の心だぞ
拒む奴一人一人が世の中傾けてるって自覚して、その心を直す気起こせよとは、ずっと思ってる
いいことしたって損するだけ、世の中変えられないって言うんだろ。
それこそそっくり意見を返してやる。そんな大きなこと気にしたって仕方がないと。
それともう一つ書くと、言論は平和に直結する。
平和は、結局は常々戦って守っていかないと取れない、勝ち取らないといけないものになる
けれどもそれは、武力ではない事は勿論のこと。言論や世論のことだ。わかってもらえるだろうか。
■顕善と創作論ー大善の真価から繋ぐ創作の真実
戦争という緊張、それともう一つ、権利軽視の時代を迎えてどうか。
世の中は暗くなる一方であり、それすなわち大悪にある。
その大悪の要素である邪な矢を一つ一つ折って行き、どうすればと決めたところのものに大善があり、
創作にもその力があると私は思う。
アイドル追っかけたり野球勝ったりして、世の中良くなった?
むしろ酷くなっているのは前述している。競争を錬りこみ、傲慢を育てたからである。
創作とは、かたちどうあれ、世を明るく照らすものでなくてはならないのは真理である。
それは感動で表面繕った見せ掛けでなく、人々の正しい道標となることである。
ーーーー
■付録ー煽動
当然、芸才をみて楽しむのはとても良いこと。
しかし昨今の、熱狂過ぎるともいえる集団現象はどこが発起なのか。
テレビではたしかに特集したりとよくやっているが、テレビではない、それよりSNSだ。
SNSというが、実際に社会を動かすのはXに限られる。まあティックトックもあるか。
Xには、それが自然であれ、サクラであれ、必ず発起人、仕掛け人が存在する。
今時企業がそれを理解してない訳が無く、催すときには、自ら仕掛けなければおかしい。
やらねば損であるからだ。これは考えとして邪だが、この大悪国である。
あるいは政治家やその活動家、宗教組織などが自分達の思想に持っていくため政治利用する。
それはいってしまえば、ブログに書いてしまう私もそうなのかもしれない。
しかし利益根本となれば、大悪を冒す場合があることを忘れてはならない。
必ずしも悪いとは限らないけれど、やはり社会への悪影響になるものがある。
それを避けるためにはテレビやSNSを見ないことは一番なのかもしれないが、
それでは人生暗いもので、ほどほどに楽しむ心も、あっていいと思う。
結局は自分も社会の構成員で、そこに参加しないというのは不可能だからである
ーーーー
]]>
240216 近況
http://maine.exblog.jp/33838640/
2024-02-16T07:07:00+09:00
2024-02-16T07:07:29+09:00
2024-02-16T07:07:29+09:00
usacchi2006
楽屋裏
■最新
久しぶりの「最新」です。
あまりにも長いので三分割しました。その導入だけで小話程度あります。
最初の頃はこの程度の長さだったのに。二年やっても慣れない。全てはアウラクインのせいです。
アレッサンドロ君、設定の頃と髪型変えました。
この人は史実なので忠実な方を選びました。
設定当時はこの短い髪の表現が出来なくて、苦しくもふさふさにしてしまったのですが
絵の描ける幅が増えて、これならいけるかなという事で今回変えました。
前のオリジナルも、可愛かったのですががが
これは2年前
なかなか、活動幅は広まりませんが…広げるどころか縮小しまくってます。
エネルギー不足です
だから予定の話ばっかりで、それも大抵こけている
まあ、修行中なんだと自己完結する…。
]]>
240214 #44 その牛、誰の牛
http://maine.exblog.jp/33836388/
2024-02-14T01:34:00+09:00
2024-03-13T05:22:50+09:00
2024-02-14T01:34:47+09:00
usacchi2006
創作
一筋縄ではいかない
僭主であるその男、アレッサンドロは肩書きの割にまだ若く、
それは大人ほど届いていないその背丈から察するものであり、
おそらく年齢はフランチェスカたちとそう離れていない。
また、肌は浅黒く、髪は短くちぢれていて、異国の民を思わせる姿が
ますますこの国の貴族階級とは思いがたい。
けれどもその容姿様相は、現実離れしているほど、格式高いのでした。
フランチェスカは、神妙な面持ちで、彼に近づきました。
アウラクインもそれに続き、これから何が始まるのか、にこにこと、
彼女の少し後ろに立っていました。
「私の牛に、何か御用かしら、シニョーレ」
フランチェスカは、彼女の牛であるオルランドを嗜めている、
アレッサンドロに話しかけました。振り向いた彼は、
その厳格で厳しい態度そのままで、即座に答えました。
「何を言っている、これは俺の牛だ」
フランチェスカは驚いて、彼が触れる牛を確認して見ますが、
その牛は確かにオルランドでした。
「いえ、これは確かに私の牛だわ」
「名前が書いてあるのか」
「書いていないけれど…オルランドという名前があるわ。
オルランド!こっちを向きなさい、お前はオルランドというのよね」
しかしオルランドは、彼女が寝坊して遅れた事が気に入らなかったか、
不機嫌な様子で、彼女の呼びかけに反応を見せず、
一心不乱に草を食べていました。
アウラクインはその様子を見てくすりと笑うも、
フランチェスカは逆上して怒鳴り出します。
「この馬鹿牛!何を不貞腐れているの!」
「なんだ、言うことを聞いていないじゃないか」
アレッサンドロはそんな喜劇のような様子を見ても流されることなく、
鋭い目つきで厳しい顔のまま、彼女に言いました。
「いいか、ここの公園は我が家門の寄付金を用いて造ったものだ。
その公園に名前の書いていない牛が落ちていた。
この場合、牛は誰のものになる?我が家のものということになるだろう。
そこに家門の俺が来た。じゃあ、俺のものだろう」
「私のだって言っているでしょ!」
「お前のような粗暴な者が、こんなに立派な牛を飼っているなど、
誰が認めるか。こんなに立派な牛だぞ。
繋がれていない牛の中で、ここまで良い牛はなかなか見ることが無い。
これはひょっとすると、オーロックス種かもしれない。
連れて帰って、家の奴らを驚かせてやるんだ」
オーロックスとは、牛の原生種といわれていて、
今や絶滅の危機に瀕しており、大変めずらしい種類です。
それは子供が宝物を見つけたように、
アレッサンドロはオルランドを眺めては、嬉々としていました。
しかし、彼が牛の種類を気にしている事で、
フランチェスカは言いました。
「それは違うわ。だってその牛の父はともかく、母は荷車の牛よ。
私のこの目で産まれているのを見ているもの。間違いないわ」
するとアレッサンドロから嬉々とした表情は薄れ、
元の厳しい顔に戻っていきました。
「なんだ、じゃあ返してやる」
「ちょっと、返してやるって何よ」
急に話が変わり、フランチェスカはたじろいでしまいましたが、
取り敢えず、オルランドが取られないことを知って、彼女は安堵しました。
「大切な牛ならきちんと繋いで置け。
冗談ではなく、これは物事を教えてやっているのだ。
俺か、お前が本当に只の泥棒だったらどうする。そういう話だ」
アレッサンドロは彼女の話を聞いて、彼女が所有者であることを信用したのでした。
牛への執着もそれほどなく、もし持ち主が現れなければ自分のものにしよう、
彼にとってはそのぐらいのことだったようです。
しかし今まで説教する側でしか見たことのないフランチェスカが、
逆に説教されている姿は可笑しいもので、
アウラクインは、二人の様子を終始、にこにこしながら眺めていました。
アレッサンドロは安堵しているフランチェスカに言います。
「しかし、本当に立派な牛だ。
このままオーロックスで通したら、いけるんじゃないのか。
ほんとうにお前の牛なのか?」
アレッサンドロの牛への興味はほんもののようで、
彼は、その鋭い目を丸くしながら牛を見て言いました。
「本当よ。私の牛だということは皆が知っているわ。
あなた、もし連れて行けば、取り上げたと言われて恥をかくところだったのよ」
「逃げられた奴が、生意気を言うな」
「逃げたんじゃないわ、今日はこいつが勝手に散歩してたのよ」
「逃げたんだろうが」
「私の弟分なのよ、逃げるとかそんなの無いわ」
「いや、もういい。この女は何をこんなに勝気なんだ。
牛が弟などと、お前、やっぱり嘘吐きの泥棒なのではないか」
そのとき、二人のやり取りをにこにこと眺めていたアウラクインが、
とうとう可笑しくなって、二人の間に割って入ってきました。
「その立派な牛は、ほんとうに私の主人の牛なのです、シニョーレ」
「何だ、お前は」
その存在は、まるでアレッサンドロの視界にすら入っていなかったような
彼女でしたが、彼の傲慢な態度を前にしても話しためらう素振りは無く、
そのふてぶてしいことは、逆に相手を驚かせるものでした。
「私の主人である彼女が勝気であることも、その牛が立派なことも、
その理由は、私の主人が”雄牛の英雄”だからなのです」
見ず知らずの、また成りも乏しい者が、
突然、話を大外て語り出し、あっけにとられるアレッサンドロですが、
アウラクインが、とても流暢に、にこやかに語るので、
彼女が狂っているのではなく、自信に満ち溢れていることを知り、
話の内容はともかく、聞くことに、少し興味を持ちました。
]]>
230212 近況とおまけ写真
http://maine.exblog.jp/33834923/
2024-02-12T23:58:00+09:00
2024-02-13T00:14:01+09:00
2024-02-12T23:58:56+09:00
usacchi2006
楽屋裏
■近況
創作は前回の近況から逃走してました。
少しやる気をなくしていましたが、原因の大部分は
長文の校訂がだるすぎるところにあったようなので、
二転三転ですが、次の話は短く切ることにしました。
どう分けるかはまだ調整中ですが、とりあえず#44だけ出来ました。めでたしです
もう一回調整して、明日か明後日には出します。
■おまけのDI…Y…??
手頃なアイテム製作
ダイソーの小さい写真枠は映えるデザインで素晴らしいです
凄く飾りやすい
ホログラムカードを力技で製作しました
白抜きが段差付いて浮いてたり、色々失敗しているんですが
どうなるか見たかっただけなのでヨシ
ホロシートはセリアの折り紙のところで見つけたのですが、買って気がついたけど
実はシールになっていて、ビックリマンみたいなものが出来あがりました。
黒は失敗が見えにくいのか、ラーラが一番完成度として良いかということで単一撮影。
使った絵は古い絵なんですけど、この頃の絵が単調で加工しやすいから選びました、
同人詩思い出します、またやりたいとは思うんだけど、まだまだ力不足
]]>
240210 煽動
http://maine.exblog.jp/33832702/
2024-02-10T23:02:00+09:00
2024-02-17T06:20:20+09:00
2024-02-10T23:02:00+09:00
usacchi2006
論説
ある番組でPSYCHO-PASSのアニメが紹介されていて、そのコメンテーターが
犯罪係数によって罪を犯さずとも危険人物として捕まる、
そんな時代が多分来る、という風にいっていたんですが、
それなら老人の集団自決をブラックジョークにしたあんたが、
真っ先に捕まるだろうと思うのだが気のせいか。
他にも、罪を考えてはいけない、思ってもいけない世界が多分やってくると言っていたんですが、
こんなものは道徳というものがすでにあったのに、
それらを自分たちこそぶち壊し、それを忘れてさも新しい価値観という、こういうのを盗人といい、
まさに私が先日書いた話を、上から下まで見事的中させる番組を、翌日目の当たりにするとは
なんともやるせなさを感じる限りである。
■煽動される若者
このように印象操作を受けて動かされているのが昨今の若者である。
老害という単語に駆られ、なぜ老人を敵視するのか。
彼らは私たちの比にならないほど人生を労働時間に費やした功労者である。
それを咎めるのは、これから老人になっていく私も異論を唱えるものである。
昔は週休2日とか取得休日数とか無くて、現場なんかでは突貫と言われれば
現場に宿舎を立てみんなで住み、完成まで休み日無しだったという。
それが税金を圧迫するとか、威張ってるからむかつくとか、それは矛先が違う。
例えば老人が怒る、彼らの言ったことを理解できずにその道徳心を磨かず、
社会を傾けているのは果たしてどの層か。いまやどのサービスも劣悪なだけでなく、
その国民性まで疑わしいものになっているではないか。
それでも人のせいにしたいというなら、もっと別な場所を向くべきだろう。
道徳を破壊したその筆頭は番組を放送しているTV局ともいえるが、
その主たるはプロデューサーよりも、国民性が見えるそのコメンテーター、芸才者達にある。
あの劣悪な品性を当たり前だと思っていてはいけない。
文化を盗み、偽の道徳を立て、自分達は保護し、人の首を絞め続けているのは連中にある。
勤労を知らないことで道徳が具わらなかったのなら、それはニートに何相違ない。
むしろ、大悪を成さないだけ引きこもっている彼らの方が、実際は尊いことである。
元々昔から、不良が出るから観るなと一部家庭では指導されてきたものである、
特別視する必要はない。
凄く頑張ってるからテレビ出れるではなく、
みんな頑張ってるからそれぞれ会社が動いているのだ。
ーーーー
ところで万博の建設の方が、入札無いという事で、
建設業界が経団連にけしからん、と言わしめたそうですが、これが正常健全な社会である。
いつまでも同じ手で、自分達は儲け、作業員を安く使えるなどというのも問題だ。
私達は、選択を拒否するということを、学ばなければならない。
上に書いたような、蒔かれた餌を追って食べるような真似は、もう止すべきである。
そしてそれをやらしめるものこそ大悪人であり、振り向いてはいけないのである。
そこに気づいてこそ、人間に知性が具わっている理由といえないか。
■関連
]]>
https://www.excite.co.jp/
https://www.exblog.jp/
https://ssl2.excite.co.jp/